(岩波文庫:中村白葉 訳より)
「『人間はよりよき者のために生きているのさ! まあ早い話がさ、ここに指物師がいるとして、それがみんな ーー ちりあくたのような人間だ …… ところが、その中から一人の指物師が生まれる …… それまでにだれも見たこともないような、すばらしい指物師が生まれる。それはもう、どんな指物師にも立ちまさって、ほかに肩を並べるものはないくらいだ。それが指物仕事に独特の新しい型を教える …… と、指物仕事が一度に二十年くらいの進歩をする …… ほかのことだってみんなこれとおんなじさ …… 錠前屋だって …… 靴屋だって、そのほかの職人だって …… 百姓だって …… また、だんな衆にしてからが ーー みんなよりよきもののために生きているのだ! 人間はだれでも、自分のために生きているように考えているが、実は、よりよきもののために生きていることになるのだよ!…… 』
……『生きている者はお前さん、みんな、よりよきもののために生きているんだよ!だからこそ、どんな人間でも、尊敬しなけりゃならんのさ …… だって、それがどういう人間で、なんのために生まれて来て、何をしでかすことができるか、それは、わしらにはわかってないんだからね …… ひょっとするとその人は、わしらを幸福にするために生まれて来たのかも、知れないからね!』」
次の世代へバトンタッチするために、少しでもよりよきものへと進歩するため
に、ひとは生きている… でも、『よりよきもの』とは何か? なにをもって
『よし』となすか? その判断さへつかぬ混迷の世に、わたしたちは生きてい
るような、そんな気がしてならない…。
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