(新潮文庫より)
「死を恐れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下って行く」
鷗外は主人公の翁に仮託して、『老い』を、死が待つ人生の下り坂を下ること…
と語らせる。決して肯定も否定もしない。ただ、老いとともに切実となる『死への
恐怖』はないと言い放つ。主人公の頭を、心を占めるのは、どうすれば生の内容を
充たすことができるか…ということ。見果てぬ夢・未来の幻影を追い、常に道に迷
い、日々心満たされぬ思いに苛まれつつ、生涯の残余を過ごす翁の、自分の姿を、
鷗外はこの作品で描いている。
「『いかにして人は己を知ることを得べきか。省察を以てしては決して能はざらん。され ど行為を以てしては或は能くせむ。汝の義務を果たさんと試みよ。やがて汝の価値を知らむ。汝の義務とは何ぞ。日の要求なり』これはGoethe*の詞である。
日の要求を義務として、それを果して行く。これは丁度現在の事実を蔑にする反対である。自分はどうしてそう云う境地に身を置くことが出来ないだろう。
日の要求に応じて能事畢るとするには足ることを知らなくてはならない」
Wie kann man sich selbst kennenlernen? Durch Betrachten niemals,
wohl aber durch Handeln.Versuche, deine Pflicht zu tun, und du weisst
gleich,was an dir ist.
Was aber ist deine Pflicht? Die Forderung des Tages.
Goethe ,,Maximen und Reflexionen''
「いかにして人は自分自身を知ることができるか。観察によってではなく、行為に
よってである。汝の義務をなさんと努めよ。そうすれば、自分の性能がすぐわかる。
だが、何が汝の義務であるか。その日その日の要求」
高橋健二 訳 『ゲーテ格言集』(「格言と反省」)
≫ was an dir ist ≪ 直訳すると『あなたの特徴、性質 (備わっているもの、有し
ているもの)』となり、高橋氏の訳がより原文に忠実なようだが…。やはり鷗外先生
の『汝の価値』の方が、しっくりとくる。 翻訳って難しいですね…
『日の要求に応じて能事畢る』…晴耕雨読のような生活への憧れと、それだけでは満
足しえない自分がいる…
老いを、人生を、心から肯定できるような思想との出会いは、残念ながら、私には
まだない…。 ≫ Wir wollen trotzdem Ja zum Leben sagen ≪
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