#005 糸賀一雄『福祉の思想』
- 山岸 研
- 1月25日
- 読了時間: 5分
更新日:3 日前
★答えを求めて…
私の障害者福祉との出会いは、もう半世紀も前になろうか、小学3年生の時である。授業の
一環として、近隣の養護学校との交流の場が設けられたことによる。面会交流の前に、担任教
師から、「障害を持っているからといって、かわいそうなどと思わないようにしなさい」とき
つく言われたことを覚えている。かわいそうと思ってはいけないんだ、でも、やっぱりかわい
そうだなあ、じぶんがなったらいやだなあ…って思ってしまう。こんな自分は優しい心を持て
ないよこしまな人間なんだろうか、そう煩悶した苦い記憶は、答えを見い出せぬまま、心の刺
として今もなおある。正解はないのかもしれない、でも、きれいごとをならべるのではなく、
ストンと腑に落ちるような、福祉に向き合う理想の姿、自分なりの目指すべき姿勢を、わたし
は求めている…。
(NHK BOOKS 67 より 備忘録として)
◆糸賀一雄(1914~1968)
近江学園を創設。知的障害のある子どもたちの福祉と教育に一生を捧げる。
代表著書:『この子らを世の光に』
p.10 私たちに迫ってきたひとつの問題性というのは、どうして精神薄弱であるということが社会問題となるのかという根源的なものであった。…私たちは、社会の構造的な矛盾に目を向けさせられざるを得なかった。…いうなればこの子たちとのとり組みの歴史は、…人間の新しい価値観の創造をめざすといった歴史的な戦いの一環であったともいうことができるであろう。
p.13 この子らをほんとうに理解してくれる社会、差別的な考え方や見方のない社会、人間と人間が理解と愛情で結ばれるような社会を作りたいと願う。
p.15f 今日もまた重い障害を持った子どもがうみおとされている。…しかしうまれた生命は、どこまでも自己を主張し自己を実現しようとする。その生命の叫びを圧殺することは罪悪である。
p.60 どんな障害をもっていようとも、うまれてきた生命は生きぬかねばならないと思う。それが当然なことだと思う。(差別や排除に対し)そのひとのかわりになって、誰かが叫ばねばならない。 ⇒ アドボカシーの重要性
p.64 このひとたちが、じつは私たちと少しもかわらない存在であって、その生命の尊厳と自由な自己実現を願っており、うまれてきた生き甲斐を求めている…
p.108 どんな障害者をも含めて、万人がめいめい、この社会に生きて、そのなかで自己を実現していくのである。…一生涯ひとの世話にならなければ生きていけない重症な存在であっても、そのひとはりっぱな人間としての生きかたをしているという、そしてまた、することができるという理解の仕方のなかに、福祉の思想が育つのである。
p.177 人間とうまれて、その人なりの人間となっていくのである。その自己実現こそが創造であり、生産である。…重症な障害をもったこの子たちも、立派な生産者であるということを、認めあえる社会をつくろうということである。…この子らが自ら輝く素材そのものであるから、いよいよみがきをかけて輝かそうというのである。「この子らを世の光に」である。この子らが、うまれながらにしてもっている人格発達の権利を徹底的に保障せねばならぬということなのである。
◆『人類戦士』:種の多様性としての「障害」を引き受けるという視点
・髙谷清『重い障害を生きるということ』岩波新書より
p.40f さまざまな生きもの、それに人類も長い歴史のなかで多くの変化を遂げ、また死に絶えた生物種も多い。種全体の変貌とともに、個々の多様性があり、「障害」といわれる生きるのに不利な状態も存在することになる。…どのような生物種も病気や障害を抱えながら変貌を遂げている。というよりは変貌が障害を生みだしたとも言えるし、その生物種に障害の個体を生みだしつつ、変貌を遂げてきたとも言える。そういう意味では、人類の障害を引き受けている個体は「人類戦士」であると言ってよいのではないだろうか。
p.92f 遺伝子には良いもわるいもなく、生物のそれぞれの種の存在にとって必要な情報であり、多様な遺伝子の存在によって生物種が保たれ存在している。また遺伝子の組み合わせによって個体に多様性があり、ある個体は生存や生活に不自由をきたす状態がおこる。そのような状態を引き受ける個体があることによって、その生物種の生存が維持されているという関係にある。いわばその生物種の生存を守っている「戦士」と言ってもよいのである。
p.168 重い心身の障害のある子らと接して、彼らが「光」を湛えているのを感じた。それは何も欲張らず、何も我が儘を言わず、ひたすら「いのち」をいきる姿である。「いのち」そのものの大事さを、その「からだ」が表現している。訴えている。
◆代わりに受け取ってくれた方々へ
・柳澤桂子氏(サイエンスライター)のインタビュー※映像から文字起こし
(1999年8月放送 NHKスペシャル『遺伝子・DNA』より)
「人間の遺伝子プールっていうのがありますよね、全人類の。で、その中で、突然変異をおこして、多様化していくことが、この地球に適応していくことなんです。ですから、多様化するときには、病気も出ちゃうんですね。人類としては、仕方のないことなんです。悪い遺伝子っていうのは、個人にとっては、悪い遺伝子っていうのはあると思うんです。例えば、病気の遺伝子。でも、社会にとって悪い遺伝子っていうのは、ないと思う、あってはいけないと思うんです。もうしそういうものが、悪い遺伝子っていう感じがあるとすれば、悪いのは社会であって、遺伝子っていうのは、そういうものなんですね。ある頻度で病気を生みだしてくるものなんです。ですから、社会全体としては、必ずいつも何パーセントかの重症の子供とか、ハンディキャップをもった人たちを支えていかなくちゃいけないわけですね、ですから、社会全体として、そのことをもっと真剣に考えなくちゃいけないと思います。個人の問題じゃないので。で、ある割合で必ず出るわけですから、たまたまハンディキャップを背負って生まれてきた人がいたら、そうしたらその人に、自分がそうじゃなくて、その人が代わりに受け取ってくれたわけですから、皆で一生懸命尽くさなくてはいけないと思うんです」

